どうも、引きこもりのかずのこ(@roomliveman)です!
僕は日頃から「明るい引きこもり」を名乗っていました。
いつからだったかは忘れたけど、名乗った理由は覚えてる。
「自分は引きこもりだけど、引きこもりっていう根暗なイメージとは違うことを知ってほしい」
とても自分本位だなぁ!
でもまぁ、根暗な時期もあったからそう思ったんだし。
実際名乗りはじめてから、周りも反応してくれるようになった。
それはとても良かったと思う。
思うんだけど・・・
父と話しているときに聞いたのだが、「明るい引きこもり」という通り名が・・・
どこか”とにかく明るい安村”的な、キャラを立ててムリに明るくふるまおうとしているように見えるらしいのだ!
父から見てそれなら、ブログやTwitterから知ってくれた人は
「なんだこのムリしてはっちゃけようとしてる感」
と印象を持つに違いありません。
これはイカン・・・イカンぞっ
ということで今回新しい通り名を考えよう・・・ではなく
引きこもりは根暗だというイメージがそもそも間違っているということを伝えたいと思ったんです。
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「明るい引きこもり」
ブログやってる身として、分かりやすいキャッチコピー的なものが欲しい。
発端はそれです。
僕としては、とっても浅~い理由で明るい引きこもりに決めました。
- 引きこもりである
- 自分の性格は明るい

僕自身、そのときは「引きこもり」と「明るい」が反対のものだから、くっつければ面白くなりそうと本気で思ってたんですね。
だけど、最初から間違っていた。
なぜ「引きこもり」と「明るい」が反対だと思ったのか。
明るくない引きこもりは根暗なんですか?
なぜ引きこもりは根暗というイメージなのか

【引きこもり→根暗】
そう連想するのはおかしいとは思いませんか?
それって【運動をする→熱血】くらい突拍子がなくて、結びつくとはかぎらない、あいまいなものですよ。
けど世の中の引きこもりに対するイメージはそうだ。
暗い部屋の片隅でヒザを抱えて落ち込んでいるイメージ。あとパジャマ着てる。

▲「引きこもり」で画像検索するとこの通り
たしかに引きこもってしまうほどの精神的なつらさがあるなら、そうなってしまうのも仕方がない。
けど、引きこもりになったからって、落ち込まなきゃいけない決まりはないじゃないか。
僕は【引きこもり→根暗】のイメージに引っ張られていました。
じっさい根暗だった。
でも「こんな自分でも親を安心させてあげられるんだ」と感じたときから、わざわざ根暗になる必要はないと思えた。
そのときから、引きこもりだけどべつに根暗じゃなくてもいいじゃんと気づいたわけ。
引きこもりはもっと自然体になっていい
僕はこのブログで何度も主張していることがあります。
引きこもり=絶対悪と決めつけることはできない
引きこもりは暮らしかたのひとつだということ。
僕は明るい引きこもりと名乗っているけど、それは僕が人と話すときは明るくなっていると思ったからです。
「根暗だけど明るくふるまっていかなきゃダメだ」なんて、まったくもって考えてない。
自然体を意識しましょうよ。
いま引きこもりだとしても、本当の自分はどうなの?いつも根暗でヒザかかえてるの?
引きこもりのイメージにとらわれるのを辞められたら、そこがスタート。
ビックリするほど生きやすくなりますよ。
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まとめ
- 【引きこもり=根暗】はカン違い
- ムリして自分のキャラを作る必要はない
- 自分の自然体がわかったときが本当のスタート
- いつもパジャマを着てるのだけは正解!
2017年になってからは「明るい引きこもり」を名乗ることを辞めました。
もう完全に自然体です。
無理をすることもなく、そのままの自分を受け入れること。
それが一番大事だと気付いたからです。