大人になるってどういうことだろう?

どうも、かずのこ(@roomliveman)です!

 

僕は前回の記事内で言った通り、5月2日の誕生日で25歳を迎えます。

25歳といったらほぼ三十路に片足突っ込んでるようなもんだ。

周りからも「もう立派な大人」というような目で見られることだろう。

 

でも、当然僕は自分のことを大人だと思っていない。

子どものころに思い描いていた大人像と違うからだ。

自分が立派な大人ではないと思っている人はきっと他にもいますよね。

僕らはいったい、どうすれば大人になれるんでしょうか。

 

・・・まぁ、ぶっちゃけ結論から言えば、どうにかして大人になるなんてのはないんですよね。

大人ってどういうくくりなの?

やれ〇〇歳になったら大人だ、子どもができたら大人だとくくりたがる人がいます。

こういう定義がもはや意味を持たないのは、多くの20代は感じていることだろうね。

誰もが20代になってもぜんぜん大人になってない、中身は子どものころから変わっていないと、そう思っている。もしかしたら30代や40代になっても同じことを考えているかもしれない。

大人だね~と言われているような人でも、その人自身が「俺は大人だ!」と胸を張って言える人はなかなかいないのでは?

 

自分にはないものを全て兼ね備えているのが大人

自分は全然大人じゃないと思う人ってのはたいがい、大人像というものを理想の人物像と重ねています。

「自分は全然大人じゃないけど、本当の大人っていうのは、自立してて、面倒見が良くて、仕事ができて、周りから尊敬されるような人なんだろうな~」

そういうのがさ、理想の人間像ってことじゃないか?自分に持っていないものを欲している時点で、その人は「自分と違う人間になりたい」と言っているようなもんだ。

 

人の本質は変わらない

中高年でもやけにキレ気味だったり、高齢者なのにスケベだったり、大学生だけど小学生みたいな半ズボンを履いていたりする人いますよね。

僕らはそんな人を、年相応じゃない、若作りしてる、色んな言葉で評価するけど、共通するのは「大人らしくない」という認識。

でも、その人はきっと、子どものころからそんな人間だったんじゃないですかね?僕らだって、小学生のころから同じ趣味とか持っていたりするじゃないですか。

その人の本質ってのは、歳を取るだけじゃあ簡単には変わらないんですよ。

 

ある朝目が覚めたら大人になっているわけがない

ある日、目が覚めて鏡の前に立っていたらビックリ!大人になっていた!なんて珍事があるわけないですよね。どこのメルモちゃんか。

大人になる境界線ってのはありませんよね。ただひとつ歳を取ることで変わるものと言えば、それは『環境』しかない。

保育園、学校、会社と歳を取るにつれて環境が変わっていって、学んだものをくっつけて人は成長していくんですよ。

だからある日突然大人になっていた!ってことは絶対にないです。

 

僕はこれからひとつずつ歳を取る

「大人になる」というイベントは一生こなくて、自分は自分のまま歳をとっていく。

何かとんでもない事件や根強い復讐心でもなければ、僕の性格はこのままです。ただひとつ変えられるものがあるとするならば、それは自分が身を置いている『環境』だけ。

理想の大人像を追いかけて、ないものねだりをするのも時には必要かもしれないけど、ずっとそのままだと自分を否定して生きていくことになる。

僕はこれからも僕のままでいる。環境を変えることで、色んな経験を付けたしていくんだと悟りました。

これが”大人になっていく”ということじゃないでしょうか。

 

 

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かずのこ
広島県広島市にひっそりと住んでいる現役の引きこもり。適応障害や学習性無気力を克服した。ブログ関係で仲良くなった人を実家に泊めたりしています。引きこもりバンザイ!
・引きこもりだけど活動的なプロフィール
・無気力な引きこもりを活動的に変えた13の大きな出来事

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