精神的な病名を付けられることも一概に悪くないよねと考えた

 

どうも、社会不適合者かずのこ(@roomliveman)です!

 

僕はさんざん、精神的な弱さを病名に置き換えられることに反発していました。

人の個性や弱さを病と言い、名前までつけて、そうまでして病気にしたいのかー!と、ずっと思ってた。

でも最近は、そんなデメリットだらけでもないな、とも考え始めたんですよね。

 

僕は適応障害

会社員時代、睡眠が満足に取れなかったり、突然眠くなって何も手が付かなくなるようになって、心療内科では”睡眠リズム障害”とつけられた。その後は復帰プログラムの継続にあたって”適応障害”と名前が変わり、環境に適応できない人間として生きてきた。

本来ならそれで多少良くはなったと思うけど、僕は復帰に失敗した。その心療内科でのいざこざはココに纏めている。

医者との相性は大事!僕が心療内科に2度と行かないと決めた理由
  どうも、かずのこ(@roomliveman)です!   ストレス社会である現代、誰もがうつ状態になってしまう可能性はあります。 そのなかで、心療内科やカウンセリングといった機関は必要であり、いまも頼っている人は大勢います。   僕も、1年前までは通院していました。 しかしその通院のなかで、「もう心療内科だけは絶対に行かねえ」と考えるようになりました。 なぜそんなことになったのか?心療内科とはどういう場所なのか? 僕の観点から述べていきます。     心療内科へ通うこととなった経緯を話します 僕は会社員として働いていたとき、生活リズムが崩れ、仕事に行くことに対してあまりのストレスを感じました。 その結果、いきなり仕事に行けなくなってしまいました。   会社に相談すると、しばらく休業期間として仕事の休みをもらい、傷病手当を受け取るために心療内科へ行って受診するように言われました。 そこが運命の心療内科でした。   都会には心療内科が結構な数あるため、ネットで一番評価が高く、新規患者が入りやすいクリニックを選びました。 家からも近くて評判もいい、これ以上の条件はありませんよね。   初診は検査と軽い応答のみで、休業と傷病手当のための診断書を書いてもらっただけです。 その後は治療のために定期的に通院し、復帰プログラムの経過確認と薬の受け取りをしていました。     が、 そのときの僕は、心療内科の先生に多大なるストレスを負わされることになるとは思ってもいませんでした。     会社と心療内科で板挟み 僕は当時、目の前のことに精いっぱいで、心に余裕がなかった。 それでも復帰プログラムだけはしっかりやろうと思い努力しました。   会社からは「いつまでに復帰できそうか聞いてくれ」という指示。 それを実行するため先生に聞くと「この調子でいけば月末には戻れそう」と返ってきたのですが、その月末が近づいてくると先延ばしにしてくるんです。 それが何度も何度も繰り返され、そのうち先延ばしにされ続けることに疲弊し、会社と病院の間で板挟みになって焦るようになりました。 僕自身まともな思考ができていなかったので、先生にも「会社が~会社が~」と言っていましたね。

病名を付けて薬を出すだけだろ!と憤っていたあの頃

僕は医者の言葉が信じられなくて、勝手に精神的な病人で社会に適応できない人間だと決めつけられているんだと思ってた。だから病名を付けて薬漬けにしようとしているんだと。

当時視界が狭く、薬でしか適応障害は治らない。治さないと人生終わるみたいな考えだったね。

でも、今はこうして生きている。紆余曲折あって社会に適応はできなかったけど、ブログの力を借りて世の中に少しでも発信している。

病名は確かにつけられた。そのおかげで傷病手当も受け取れたりした。必ずしも無駄ではなかった。

傷病手当金が26万円入りました
どうも、かずのこ(@roomliveman)です!   はじめに謝っておきます。   ブログを始めてから収入が26万円入ったというのは半分ウソです。 紛らわしいことを言ってごめんなさい。   4月にブログであげられた収入は500円にも満たないので、まだまだぶっちぎりニート道を突っ走っています。 じゃあ半分ウソってどういうこと?半分は本当なの?   はい、実は26万円の収入があったというところは本当です。 なぜ僕は働いてもいないのに一気に26万円という大金を手にしたのでしょうか。 これから種明かしをしますw   僕が勝ち取った最後の特別ボーナス この26万というお金は、今のぼくがどうこうして手に入れたものではありません。 そこを期待して見てくださった方には申し訳ない!   ただ、何もせずにボーっとしていてもらえたものでもないです。 これは、過去の僕が頑張っていたからこそ手にすることができたもの。   もったいぶらずにバラします。 これはすべて傷病手当金なんです。     傷病手当金ってなに? 簡潔に説明すると、病気が原因で勤務できない状況になった際に、欠勤した分もらえるはずだった給料を、保険から支給される制度です。 全国健康保険協会(協会けんぽ)- 病気やケガで会社を休んだとき   僕の場合は、平たく言えば適応障害により勤務することが不可能だったということが認められ、欠勤した分の給料を支給されていました。 ただ、支給される金額は、もともとの給料と同額というわけでなく、そこから3分の1ほどの金額になります。 まあ当然っちゃ当然か。   今回支給された26万という数字も、最後に申請した2015年6~7月の、2か月分の金額です。     傷病手当金のために心療内科に通い続けた無為の日々 僕が心療内科に通って、そこでどんなことがあったのかはこっちの記事で全部話しています。 僕が心療内科にはもう絶対に行かないと決めたワケ   僕の心の中にあったのは、会社に復帰しなきゃという根深い信仰心と、傷病手当の申請にかかりつけの医師の診断書が必要だったということだけです。 そのために京都に残り、多大なストレスの元だった心療内科に通っていました。

病名が分かるからこそ対応できることもあるんじゃない?

生まれ持った特性はそう簡単になくなるもんじゃない。この人は吃音とこれからも付き合っていくんだろう。でも、その中で書道という運命の出会いがあり、壁を克服した。

吃音の人はみんな書道をやればいい!とまでは流石に言わないけど、無理に声を出さずとも表現できる方法はいくらでもあるんだということを教えてくれた。

 

僕も悩んでいた。面白いことを言わなきゃ、なんて大それたことを幼少のころから何年も考えていた。それは、両親が喋りが上手いから息子のお前も絶対上手いよと言われたからだろうか?漫画の主人公に憧れて、学校や職場で新しい環境に行く度に、目立たなきゃいけないと思いこむようになったからか?

僕はその環境に適応できない。いつも自分のことしか考えられず、いつも浮いてるなぁと感じていた。それがただ怖かった。いっちょ前にプライドが高いので、後悔や卑下に費やす時間は数えきれなかった。

でも、僕は病名”適応障害”だ。吃音で苦労したあの人のように、僕も違うアプローチをすれば何かを手に入れられるかもしれない。環境に適応できないなら、環境に適応しようとしなくてもすむ方法がとれたらいいんだ。

 

答えはいつも自分の中にあった

僕はいつでも外からの助けを待っていた。そのうち誰かが声をかけてきてくれるだろうって。

でも、誰かから声がかかってきたとしても、それが僕に何をもたらしたかというと、何もなかった。

初めて学校を辞めたとき、いまでも付き合いのある友人と出会うきっかけ、どれをとっても怖かった。でも勇気をもって行動した。僕が適応できない環境は、誰かから用意された環境だけだった。

自発的な行動をとったときだけ、僕は環境の中に飛び込んでいける。ブログで自発的に発信することは環境に適応できない自分を許したのかもしれないな。

 

おわりに

なんだかポエムみたいになってしまったけど、僕は適応障害という名前と付き合っていく必要があって、どうせ付き合うなら上手い付き合い方したいよ。ということがいいたかったのです。

手綱の握り方を知って、ときに暴走してしまいがちな自身を乗りこなしたいもんですね。

 

 

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かずのこ
広島県広島市にひっそりと住んでいる現役の引きこもり。適応障害や学習性無気力を克服した。ブログ関係で仲良くなった人を実家に泊めたりしています。引きこもりバンザイ!
・引きこもりだけど活動的なプロフィール
・無気力な引きこもりを活動的に変えた13の大きな出来事

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