家の中から僕の居場所を探す旅

 

どうもこんちには、かずのこ(@roomliveman)です!

 

僕はいまも絶賛引きこもり活動中。

最近になって無気力状態との別れを告げたのにもかかわらず、自発的に外に出て活動するようなアクティビティは持ち合わせてはいない。

それは、なぜか?

そう考えた時に、ふと思い当たるフシがありました。

 

「おれ、外に居場所がねえや!!」

 

そういうことです。

 

引きこもりの居場所は消去法で家しか残らなかった

僕には学校やサークルが居場所でした。

卒業してからは会社や恋人のいる環境が居場所だった。

 

でも今は・・・?

今僕は引きこもりで無職、居場所と呼べるものがあるとすれば、それはネットで話せる人達で、それもそんなに多いわけではない。実際に会ったことのある人もほとんどいない。

あとは、24時間体制で過ごしている家!家!家!

 

つまり僕が置かれている状況としては、外に居場所がないから、甘んじて家に居続けるという不毛なことになるのだ。

 

引きこもりは居場所を欲する

以前引きこもりの部屋に集団で押し入り、家から追い出して更生させるという番組が批判を受け話題になったことがありました。

そのときにTwitterに流れてきたもので覚えていることがあります。

引きこもりは「訪問」を望んでいるんじゃなくて、「居場所」を求めているんだよ。

「居場所」とは何かを考えると、やっぱり人間関係なんだろうなぁと思います。

気の合う人がいたり、一緒に居ても気にならない人がいたり、そもそも人がいない所だったり・・・。

 

僕だって、自分のことをどうこうしようという不逞な輩に来られるより、自分から行きたいと思わせるような居場所がほしい。

引きこもりでも、無職でも、それを気にせず関われる人たちがいる場所へ行きたい。

 

家が居場所になっているのは、家に居ることを曲がりなりにも認めてもらっていて、ストレスを感じていないからかもしれない。

そのことに気付いたとき、無性に不安になってきました。

 

家の中は、ストレスフリーだからこそ居続けられる

今の僕は家に居ながら十分達成感を味わっているし、「おれがんばってんなー」と思っている。

でも、家に居続けるまま、この先何年も同じことをし続けるのか?

正直言って考えられない!(ヾノ・∀・`)ムリムリ

 

何もできなかったときに「いまできることをやれるようにしよう」と思い、それができるようになってきた。

そしたら今度は同じことを続けるだけが僕の人生になってしまうのか?

20代という期間はあと半分で終わってしまうんだぞ・・・!

世間の目が比較的甘い20代のうちにしかできない活動がきっとある。そう考えたらなんだかとってももったいない気分になってきたんだ・・・。

 

自分から求めない限り、外に出られないのでは・・・?

だから僕は、家の外に居場所を作りたいと思う。

ネットの中に居場所をつくって、それだけで満足していてはいつまでたっても引きこもりのまんまなんだ。

今の僕は、心がこれ以上を求めない状態になっている。

ほぼ引きこもりだけど、心までは引きこもっていたくないでしょ
特に外に用事でもないときは家で引きこもっているかずのこです。 僕が家から出るとしたら 食材の買い出し イベントに行く 友人と飲む これくらいしかない!仕事もしてないからこれはガチ!この3つの用事による外出でも、2,3日にいっぺんレベルでもおかしくない状況です。それもほぼ買い物だしね。 それでも僕は、引きこもりは引きこもりでも、心までは引きこもっていたくないと思ってる。 それはなぜか!心が引きこもると人生をムダにしてしまうからだ!! 引きこもりの僕は人生をムダにしていない 引きこもり、それは家から出ることなく過ごしていくこと。僕は間違いなく引きこもりだと断言できる。忙しくせずに引きこり続けていたい!まである。 それでも人生をムダにしてるとまでは思わないね。何をもって人生のムダかまで考えると頭が痛くなってタイピングが進まないので端折るけど。 つまり何が言いたいかというと、身体は引きこもっていても行動は起こし続けている!ということだよ。 行動は足を使って歩くだけじゃない。外回り営業マンだって今ではインターネッツを駆使しているんだし。行動は家のなかでも、手と頭を使ってできるのだ!僕は自分でも行動を起こせていると自負してる。 心の引きこもりって? 心が引きこもるというのはそのまんま、外界との完全シャットアウトなんじゃないかって考えてる。他の人の意見や言葉を拒否して、誰も参考にならないし、そんな言葉は聞きたくないよ!と外からの情報を遮っちゃう。遮ると見せかけて、好きなものだけは情報過多だったりするのがまた辛いとこだけど。 心が引きこもると、誰の言葉も信じなくなる。今の自分のことを分かってあげられるのは自分だけ・・・。その自分ですら信じられないことがある。とっても悲惨。 結果、何もできない。何もしたくない。何も考えていたくない。そう思って、思考を放棄するんじゃないか。それが無気力な状態であり、時間を浪費する期間になる。 空白の期間を意味づけで解消する それでも、無気力で過ごした時間は身体と心を休ませてデトックスするためのものだったかもしれないよね?

ひとつ良いことがあるとするなら、自分から外に出てみたいと思えるようになったということだと思う。

まだ行動に移せるかは分からないけど、気持ちは「もっと」を欲しがっているのが分かります。

 

この矛盾はいかがなものか?

書いていて気づきました。

僕の心は矛盾でせめぎ合っています。

一方は「今頑張っているんだから、これ以上を望まない」

もう一方は「若いのは今だけなんだから、もっと外に出ていかなきゃもったいない」

 

自分を律する声と、素でやりたいことがある自分が別の方向を向いているとき、大きな負荷がかかることは先日読んだレズ風俗レポでもめちゃくちゃ共感したところでした。

永田カビ『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』を読んで泣いた
どうも、かずのこ(@roomliveman)です。 レズビアン趣味じゃないです。 なんとなく気になってたし、話題にも上がりっぱなしなマンガ『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』を今更ながら読んでみました。 が、やばいです。これ、タイトル詐欺ですよ・・・!(いい意味で) エロ系かと思って開いたこのマンガは、最強の等身大エッセイでした。 もっとはよ読んどきゃ良かった。 作者の永田カビさんの心境の言語化がすごすぎて「あ~やべ、わかっちゃう」の連発でしたよ、ええ。 というわけで、この記事においては僕自身の体験談を交えて語っているものですが、本のネタバレあると思います。 まだの方は先に読んでみそ。 さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ 「心を開くって、どうするんだっけ&」28歳、性的経験なし。生きづらい人生の転機。高校卒業から10年間、息苦しさを感じて生きてきた日々。そんな自分を解き放つために選んだ手段が、「レズビアン風俗」で抱きしめられることだった──自身を極限まで見つめ突破口を開いた、赤裸々すぎる実録マンガ。pixiv閲覧数480万超の話題作、全頁改稿・描き下ろしで書籍化。 (無料立ち読みあり) 自己否定しがちな人は特に「あ~やべ、わかっちゃう」があると思いますよ。 このマンガの見どころは、作者の心境の視覚化なんだよ! 控えめに言っても、僕は作者さんのように拒食症や過食症、自傷行為は経験ありません。 だからどうだということではないけど、このマンガはあくまで「作者さん本人が極限状態だった頃から、レズ風俗がキッカケで内なる自分の心境に気付けた話」だと思って読みましょう。 でもまぁ、その中でも僕は、作者さんと同じように「親の存在」や「言葉にできない悩み」で共感することが沢山ありました。 この本は、打ち明けられなかったその悩みを見事に視覚化し、文章化させています。文章だけじゃなく、絵で表現されていることがとても素晴らしいと感じました。 心の中の訴えをマンガ的表現であらわすのがうまくて、それでいて面白いと感じました!

 

結論は見えない、でも外に居場所があっても困らないよね?

というのが、中途半端だけど僕の考えです。

  1. 焦らず現状維持で、もう少し続けてみる。
  2. それと同時に、外への居場所づくりのためアプローチをかけてみる。

これかな!

 

これが今僕ができる最善の手だと思う。

焦って大した目的もないのにヒッチハイクする!と宣言したり、旅する!と声を荒げたりするのは違う気がする。

外に出るなら、「人に会いに行く」しかない。

というより、これならがんばって外に行ける気がする。

 

ので、近隣の方々は、生温かく見守っていてください。

 

以上、かずのこでしたー!

 

追記

人と少しずつ会うようになって、自分なりに「居場所」ができていったように思います。

人がいるところに人付き合いや仕事は生まれるんだなぁと感じております!

 

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