無気力うつ状態からブログを始めて3ヵ月で悩みがなくなりましたが何か?

 

僕はブログをがんばって毎日更新し続けているただの無職です。

最初こそ僕はニートだぞー!と声を張り上げて、自分に価値を付けようと躍起になっていました。

最近は若干落ち着いて、過剰なニートアピールは少なくなった?

 

悩みっていうのは尽きないもので、悩みが消えるとまた次の悩みがやってきますよね。

でも僕は以前ほど悩みそのものに悩まされてない!

 

悩みが変わるというのは環境が変わっているということでしょ?

次から次へと悩みは尽きない。ああ、悩みなんかなくなって楽になりたい・・・。

そう思うのは分かりますよ~!すごくわかる!僕もどこへ行ってもウジウジ悩んでましたからね!

 

でも思いませんか?悩みっていうのは環境に対する不満や不安から起こってるんじゃないですか?

僕はね、ブログを始めてからの3か月のなかで、以前持っていたはずの悩みは消え、新しい悩みができ、それがまた消え・・・と繰り返し行われているんですよ。ニートっていう事実は変わってないけど!

この3か月で、精神的な環境が大きく変わっていったのだと考えています。社会的な立場は変わってないけど、内面の立ち位置が大きく変わった。

自分への評価が大きく変化したといってもいいかもしれない。

 

 

僕の悩みは変化しています

僕はニートで引きこもっているということにおいては何も変化していません。

でも、悩みの内容自体は面白いくらいに変化しているんです。

ちょこっとハイライト。

 

「何もする気力が起きない・・・」

まずブログを始める前の無気力状態の時期です。

とにかく何をやっても楽しくない。周りからもあまり良い目で見られなかった時期。

このときはとにかく「このままじゃダメなのは分かっているけど何をすればいいのか分からない」といった漠然とした悩みを持っていました。

このときは先も見えず、意味のないことだと分かっていながら、自分は頑張っているんだよアピールを両親にしてた。

 

「ブログ始めたけど毎日書くのがしんどい・・・」

家の中からできることを探した結果、ブログにたどり着きました。

ただ、ブログは最初は量を稼がねばならぬと考えたので、がむしゃらに書きまくりました。

結果、内容は自分でも大して面白いとは思えなかったし、そのとき悩んでいることをひたすらブチ込みまくっただけのものになってましたね。あまり人に見せられるものではない(笑)

 

でも、今と以前の違いは見てほしいとも思うので、URL載せます。これがつい3ヵ月前の僕です。本当に面白くないからね!!

http://roomlive.blog.fc2.com/

オープンザ黒歴史!今とはまるで別人のような精神状態だなぁ。

 

「ブログには慣れたけど書きたいことがもうない・・・」

このブログを始めて1か月くらいで、僕が当時持っていた悩みやモヤモヤした黒いものが消し飛んでしまいました。

いや、良いことではあるんだけど・・・「ニートのブログ」を全面に押し出していたのに、ニートのことで言いたいことがなくなっちゃった。っていう感じですかね。

 

どういうことかと言うと、これらの記事はそのときの悩みで構成されているため、今になって再現ができないということです。

いったい誰が僕のことをニートだと呼び、蔑んだ!?
僕は引きこもりニートです。 いや、厳密に言うと、家のこと全般を担当しているので、無収入の引きこもりですね。 日本において、ニートとはこういうものだそうです。 ニート:十五歳から三十四歳までの、家事・通学・就業をせず、職業訓練も受けていない者。 まあなるほど~とは思いますけど、なんだかニートっていう言葉自体、世間では軽蔑の意味合いをを含んで使われていますよね。いったいどうしてなんでしょうか? ニートときたら、次に来るのは「社会不適合者」「落ちこぼれ」 世間では、ニートは侮蔑の対象とされています。 働かないのは悪いこと・・・稼げないなんて生きている意味がない・・・ そうでしょうか?少なくとも働いて収入を得ることがなくても生きている人たちはたくさんいます。 たしかに、学校を出て会社などに属し、毎日一生懸命働いている人は、その人なりにがんばっているのでしょう。それと同じことができないなら、その社会でいえば不適合だと認めざるを得ません。 でもね、僕は問いたいんです。 その社会が正しいものだなんて誰が決めたんですか? 社会ってなんなんだ 会社に入って、朝から夜まで働き、もらった給料で生活していく。そういう生き方に難癖をつける気はありません。 でもですよ?それと同じことができなければ負け組認定って、おかしいと思わないですか? 集団に属して働けなかったり、一度でも挫折を経験したら蹴り落とされるような、そんな世の中が社会だとでもいうの?稼いだら偉いの?社会は誰かが決めたわけじゃない。 周りがみんなそうだから、とりあえず自分も従っている。周りが会社員になって働いているから、自分も就活して会社で働いている。 そこからはみ出た者は社会に当てはまらなかったと不適合者の烙印を押され、軽蔑される。 それが、ニートが排除される社会というものです。 負け組になりたくないという思いが強すぎる会社員 正直なところ、ニートを蔑んでいるのって、自分がそうはなりたくない、負け組になりたくないって強く思っているからですよね。 ニートだからといって負け組というわけでもないし、そもそも同じ土俵に立って争ってるわけでもないのに。 頑張って働いている自分を肯定したくて、下を見て安心しているつもりなんでしょうね。
【内向的な人間こい!】僕たちはなぜ失敗からくるストレスの矛先を自分に向けたがる
どうも、かずのこ(@roomliveman)です! このタイトルを見て来てくださったあなたは、自らを内向的な人間だと自覚しているのでしょう。 実は僕も内向的な人間です。 自分から用事を作って遊びに出ることはしないし、人と話すときは考えなしの性格のせいで相手に嫌がられることもあり、いつも「やっちゃった・・・!」と思っています。 内向的な人間っていうのは、失敗が怖くて行動することを避けている人間です。 何か自分の言動が原因で後悔することがあると、なにもそこまで思い詰めんでも・・・と思うほどに、黙ってひとりで悩みだしてしまうことありませんか? 僕は対人関係で失敗することがあると、頭のなかで失敗した瞬間のことを何度も反復して思い出してしまって、そのたびに心に刺さるような感覚を味わうんです。 正直なところ、とっっっっっってもつらい! 考えないようにすればいいとは分かっているけど、過去の失敗の記憶がフラッシュバックしていきなり襲われるんです。 失敗から数年経っていても、過去の失敗を鮮明に思い出してしまって勝手に心をグサグサしていることがしょっちゅうあります。 これは、いったい何なんでしょう? 自分なりに考え、原因を突き止めました。 そして、どうすればその記憶から逃れられるかを考えました。 それは失敗を恐れずに行動することです。 色々悩みましたが、やっぱりこれなんだなぁ。 なぜこんなことが起こってしまうのか、理由も列挙します。 過去の失敗のフラッシュバックに心をえぐられる 僕は頭でっかちなので、頭で考えてばかりで行動になかなか起こすことができない。 それは過去の失敗からくる恐怖を、必要以上に恐れているからだと思っています。 過去の失敗というのは、ほんの数日前のものから幼少期のころのものまで様々。 なぜそんな昔のことまで鮮明に、どんな気持ちでいたかというところまで覚えているのか。 これは僕が内向的な人間であるということが直接関わっていることに気付いたんです。
医者との相性はだいじょうぶ?ぼくが心療内科に2度と行きたくない理由
ストレス社会である現代、誰もがうつ状態になってしまう可能性はあります。 そのなかで、心療内科やカウンセリングといった機関は必要であり、いまも頼っている人は大勢います。 僕も、1年前までは通院していました。 しかしその通院のなかで、「もう心療内科だけは絶対に行かねえ」と考えるようになりました。 なぜそんなことになったのか?心療内科とはどういう場所なのか? 僕の観点から述べていきます。 心療内科へ通うこととなった経緯を話します 僕は会社員として働いていたとき、生活リズムが崩れ、仕事に行くことに対してあまりのストレスを感じました。 その結果、いきなり仕事に行けなくなってしまいました。 会社に相談すると、しばらく休業期間として仕事の休みをもらい、傷病手当を受け取るために心療内科へ行って受診するように言われました。 そこが運命の心療内科でした。 都会には心療内科が結構な数あるため、ネットで一番評価が高く、新規患者が入りやすいクリニックを選びました。 家からも近くて評判もいい、これ以上の条件はありませんよね。 初診は検査と軽い応答のみで、休業と傷病手当のための診断書を書いてもらっただけです。 その後は治療のために定期的に通院し、復帰プログラムの経過確認と薬の受け取りをしていました。 が、 そのときの僕は、心療内科の先生に多大なるストレスを負わされることになるとは思ってもいませんでした。 会社と心療内科で板挟み 僕は当時、目の前のことに精いっぱいで、心に余裕がなかった。 それでも復帰プログラムだけはしっかりやろうと思い努力しました。 会社からは「いつまでに復帰できそうか聞いてくれ」という指示。 それを実行するため先生に聞くと「この調子でいけば月末には戻れそう」と返ってきたのですが、その月末が近づいてくると先延ばしにしてくるんです。 それが何度も何度も繰り返され、そのうち先延ばしにされ続けることに疲弊し、会社と病院の間で板挟みになって焦るようになりました。 僕自身まともな思考ができていなかったので、先生にも「会社が~会社が~」と言っていましたね。 とても心療内科とは思えない、思いやりの欠片もない先生にビックリ

 

このときは、主に自分が自分が!と内面のことを文章にして仕上げた感じ。だから当時悩んでいたことがダイレクトに書いてある。

でも、書いたら不思議とその悩み自体が消えちゃったんですよね・・・。だから今また同じものを書こうとしても絶対に書けない。

 

 

「新しいことをはじめたけど上手くいく自信がない・・・」

新しくブログを始めて毎日更新する力、いわゆるブログ筋は付いたと思う。記事を書くことにも慣れ、5月くらいに感じていた倦怠感も消えた。

そうなると、僕はより多くの挑戦をしようと自らに発破をかけます。すなわち、自分を価値のあるものにしようと考えたわけです。

ニートのことで書きたいことがないなら、ニートが何かに挑戦することをブログに書いていけばいいじゃない!!

ここ最近のインタビュー記事やSPARXプレイレポート記事はそういった考えが基になっています。

 

ただ最初は本当に自信がなかった。新しいことを始めるのにかなりの抵抗感があった。そんな思考回路自体が悩みのタネだったといってもいい。

出来上がったとしてもあまり多くの人に見てもらえなかったりして、労力と合わないなんて考えちゃったりしましたね。

今はもはやどうでもよくなっています。お金とかはまったく入らないけど、インタビューした相手が記事を見て喜んでくれたりするだけで充分がんばった甲斐があるなって思えたからね!

 

 

 

悩んでいるものに全力でぶつかると悩みは消えた

僕は悩みから逃げ続けていたんだな~というのが振り返ってよく分かる。

そのときは逃げることしか手段を知らなかったから、それはそれでいいと思ってる。

全ての悩みに正面からぶつかる必要はない。でも、ぶつかって初めて悩みの正体が分かることだってあるよ

この3か月で、そういうことを学んだな。ウン・・・ブログやってて良かったなマジで。

 

僕は自分への評価を改めました。もう無気力で何も取り柄がないかずのこはいないんだ。だから悩みの内容も変化した。そういうことです。

 

 

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