「負い目」は人生のガン。早期発見して摘出しようぜ。

負い目、感じてますか?

負い目というのは、文字にするとこういうことだそうです。

人に負担をかけたり迷惑をかけたりするなどして、申し訳ないと思う心持ちなどを意味する表現。

引用:Weblio辞書

負い目を感じる人は、たいていどんなことにも負い目を感じやすくなっています。

不思議とそういう風になっていますよね。なんでだろうね?

負い目を感じていることはつらい。もう負い目を感じることなく生きていきたい。

そう思っているなら今すぐできることがありますよ。

「負い目」は人生で何の役にも立たない

僕は大学生の間、常に負い目を感じていました。

同じ失敗を繰り返すし、任されたことをできていない。そのことを咎められては「申しわけない」とばかり考えていました。

「申しわけないと思っている」ことがうまく行動に現れないので、周りからしたら「なんだあいつ」ってなりますよね。

身近な人に常に負い目を感じていた数年間、本当にしんどかった。

相手に対して「申しわけない」と思う気持ちは大事だが・・・

こちらに非があるとき、申し訳ないと思うのは大事なこと。

だから、「申しわけない」と思うのはとてもいいことですよ。それは誇りをもっていい。

でも、それが相手に対して「負い目を感じる」ようになってしまうなら、話は少し違う。

負い目なんて、生きていくうえで何の助けにもならないばかりか、逆ににしかなりません。

自分の可能性を次々に奪っていくのが「負い目」。

そんなもの、必要ですか?

人に負い目を感じ始めると、その人がいないところでも心が締め付けられる

誰かに対して「申しわけない」と思う礼儀は、なくてはならないものかもしれない。

けど、負い目は心から消えることはないんですよ

相手に対して感じている負い目は、その人が目の前にいなくても確実に心を蝕んでいく。

その人と仲良くなれる未来もあったかもしれないのに、自分から可能性をつぶしていってるんですよね。これってとてももったいないことだと思いません?

なら今すぐ「負い目を感じる」ことはやめてしまえば・・・

負い目を感じている限り、しんどいままだよ

「申しわけない」という気持ちは、「申しわけない」と感じている限り消えません。

負い目を感じすぎて苦しくなってしまう前に、早めに対策を取った方がいいですね。

元「負い目を感じる」マスターの僕が変わることができた、負い目を感じたときに考えたことを教えます。

1.負い目を感じたらサッサと忘れる

やらかしたときに「申しわけない」と思ったなら、それ以降は負い目を感じる必要なんてないんですよ。

だって、ことがすんだ後も自分ひとりで勝手に申し訳なさそうにしていても、意味はないでしょ?

だったらパパッと忘れよう。

寝たり、楽しいことしたり、負い目を感じた当の相手にキッパリ打ち明けて、負い目を忘れるんです。

2.負い目を感じた相手は、今ごろディズニーランドにでも行ってるよ

相手を怒らせたとか、失望させたとか思ってない?

その怒った相手は、今ごろディズニーランドにでも行って心から楽しんでるよ。

負い目を感じていることが馬鹿馬鹿しくなってくるでしょ(笑)

3.負い目がなくなるのは、自分を許したときだけ

相手に申し訳ないと思うのは、自分の非を認めているから。

だから、負い目を感じているあなたはとっても優しい人なんですね。

でももう大丈夫、そろそろ自分のしたことを許して、これからを見ていきましょうよ。

過去はふりかえっても、やったことは変えられないし意味がない。

それなら建設的なことを考えていっても損はないですよ。

負い目を感じてばかりいると、誰に対しても負い目を感じる人になるよ?

人前で申し訳なさそうにする癖ないですか?僕はありました。

そうなると、特に自分が悪いというわけでもないのに、すべてのことに申し訳なく感じてしまうようになります。

僕は「負い目が転移している」なぁと思っていました。まさにガンですね。

申しわけなさを感じるのは日本の美学と言われるかもしれませんが、僕はまったくそうは思わないです。

むしろ、悪習なんじゃないかな。

人付き合いをできなくさせて、ひとりでいるのに申し訳なさが湧き出てくるなんて、それはもはや病気と変わりませんよ。

悪いことはいわない。

自分自身のために「負い目を感じる」ことは今日でやめましょう。

大切なのは申し訳なさより、心の余裕ですよ。

きっと心に余裕をつくることはできるよ

僕も申し訳なさをサッサと忘れるように努めていたら、いつの間にか心に余裕ができて寛容な人間になりました。

もちろん最初はなかなか負い目が消えずにタイヘンでしたけどね。

でも、今では無理やり忘れて本当に正解でした。

先日、僕に負い目を感じていたということを友人から聞きましたが、そのとき感じたのは「そこまで思わなくてもいいのに」です。

ね、だから心配することはないですよ。

心に余裕をつくって、楽しめる心を取り戻そう?

 

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