僕が腐っていった経緯

      2016/10/03

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ここでは『かずのこ』こと、僕が新卒で会社員となった後、ニートになるまでを備忘録がてら記しています。

考えない人として過ごしてきた

 

僕は中学生からもともと不登校気味で、周りと同じように行動するのが苦手でした。

ものすごくプレッシャーを感じてしまうので、集団行動はできませんでした。

就活は最後までやる気が出ず、上場企業なら大丈夫やろと適当に選んで入りました。

 

「とりあえず」「なんとなく」
それだけしか考えていない、まさに考えない人の典型的な生き方でした。

 

今思えば周りと足並みそろえる必要はなかったわけですが、それに気付かせてくれる人もキッカケもなかったので、しばらく周りより劣る自分に焦りばかりが溜まるようになります。

むしろ、考えだすと劣等感しか感じられないので、わざと考えないようにしていた部分もあるかもしれませんね。

 

 

第一印象は、”こいつはやる気に満ちているな”

 

僕は不思議と、第一印象は良いみたいです。

初対面の人にはいい格好しようと、無意識に言動に出ているのかも。

 

新しい環境に入ったら、とりあえずがんばろう!って思いが先走っちゃいますよね。

それが続けば問題ないのですが、だいたいは空元気なので、僕はあっという間に空気が抜けます。

こいつはやる気に満ちているなっていうのも、会社員になって最初に配属された先の上司から聞いた言葉です。

第一印象を良く見せることにこだわり過ぎると、後からボロが出たときに状況が悪くなっていくことを学びました。

 

自分の時間がなさすぎて死亡

僕は1人の時間がないと、窮屈でたまらなくストレスを感じます。

学生の頃は、暇な時間のほとんどを家に1人で過ごしていました。

 

ところが会社員になると、日中は仕事で拘束されます。

家に帰ると、当時付き合っていた彼女が家にいて、半ば同棲みたいな感じになっていました。

1人で引きこもって、疲れた心を癒す時間が思うようにとれなかったんです。

1人で英気を養うこともできず、消耗していくばかり。

給料は安いのに、お金は出ていくばかり。

そのうち夜も寝られず動けなくなるほどの大きなストレスになり、疲弊しきって心療内科に通う羽目になりました。

 

 

あの心療内科ゼッタイに許さん

 

簡潔に何があったのかと言うと、かかりつけの先生とのラポール(信頼関係)の形成に失敗しました。

それによって僕のストレスは加速します。

僕が心療内科にはもう絶対に行かないと決めたワケ

 

とんでもない先生だったので、病院の口コミになんか書いてやろうかと思ったのですが、やっぱりやめました。

 

 

身の危険を感じ、全てから逃げるように実家へと戻る

 

会社も結局辞めてしまい、毎日ただ暮らしているだけで心と体が蝕まれていくのを感じた僕は、思い切って全てを捨て、実家へ逃げ帰りました。

社会に出ておきながら再び両親の世話になるのは、正直情けないとは思いましたが、そのときは死にそうなくらい思いつめてたので、逃げ帰って正解でした。

 

まぁ帰ってからも、思いつめているのは変わらないんですが。

そこからはしばらくの間、引きこもりニートとして療養し、しかし親からの圧力で療養できない生活が始まります。

 

 

「お前は甘い!お前より若い奴が汗水たらして働いてるんだぞ!」

 

完全ニートの期間、僕は本当に外に出るのがつらくて、昼夜逆転までしました。

家にいてやることといえば、たいして面白くも感じてないのにニコニコ動画をあさるだけ。

いつまでもそんな僕に堪忍袋の緒が切れた父と母に、それぞれ1回ずつ説教の波状攻撃を受けます。

 

一度はもう怒られたくなくて、なんとか定職に就いたのですが、やはり1ヵ月も持たずお陀仏です。

ますます自信がなくなって引きこもりに拍車をかけることとなりました。

親もそれを見て諦めたのか、もう怒ることはありませんでした。

 

 

なんで生きてるのか考えたくない毎日

 

僕の人生の半分は、周りに合わせられない自分を呪っている時間でした。

なにもできない、なにもすることがない、話す人もいない、何も感じられない。

これって本当にひどい話ですよね。

 

僕は自分で何かを考えようとすると、必ず周りと比べてしまい劣等感と自己嫌悪を感じるので、何も考えないようにしていたのです。

ニートは嫌だと自分を責め、だけど死ぬのは嫌なので、ただのタダ飯食らいのうんこ製造機となれ果てました。

 

 

転機は母の言葉

 

ある日、母が会社からの飲みから帰ってきて僕に言いました。

「あんたが家におって、家のことやってくれとるけぇ、母さん安心して仕事に行けとるんよ。」

 

僕はそのひとことを聞いてから、家にいても必要以上にストレスを感じることはなくなったように思います。

自分はここにいていいんだと、存在を認めてもらった気がして、安心して療養に入ることができたんです。

 

それから3か月くらいで、自分から何かを始めたいと心から感じ、引きこもりながらでも自分にできることを模索し始めました。

 

 

現在のかずのこ

 

現在の僕は、引きこもりのニートです。

それでも、

ブログを始めてから、自分の知らない世界や新しい社会に興味が出てきました。

この気持ちは働いていた頃には感じられなかったものです。

 

僕はニートであるからこそ理解できること、感じられることを大事にして、ブログを通して自分の成長を発信していく道を選びました。

このブログとかずのこをよろしくお願いします!

 

 

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かずのこ
広島県広島市にひっそりと住んでいる現役の引きこもり。適応障害や学習性無気力を克服した。ブログ関係で仲良くなった人を実家に泊めたりしています。引きこもりバンザイ!
・引きこもりだけど活動的なプロフィール
・無気力な引きこもりを活動的に変えた13の大きな出来事

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