これまで何度も何度も立ちはだかってきた人生の壁、その回避方法を見つけるまで

 

 

どうも、かずのこ(@roomliveman)です!

 

僕は小学校に通った6年間で4日間しか休んだことのない超健康優良児でした。

ですが、中学生のころに不登校を経験してからは、これまでずっと家を出ることができない自分と闘い続けています。

 

「家から出ることができない」

目の前に立ちはだかったこのは、今に至るまで10年以上も僕を苦しめてきました。

 

 

壁から逃げても、いずれまた対峙することになる

人生における大きな壁からは逃げられません。

中学校で経験した不登校の壁は、高校でも大学でも社会人になっても僕の前に立ちはだかりました。

僕は蹴散らされました。

そのたびに「なんで?」「何が原因なの?」と思い、両親と一緒に悩みました。

何度も何度も話して、時には家族会議になって泣き崩れました。

 

当時まだ不登校が社会問題になり始めたばかりで、世間的には「学校に行かないなんてあり得ない」という認識です。

あの手この手で立ち直らせてくれようとした両親。

忙しいのに特別面談を用意してくれた担任の先生。

思いの丈を聞いてくれたカウンセラー。

僕の周りはみんないい人でした。

でも、どんなに手を尽くしても僕は学校には行けなかった。

 

 

壁は続くよどこまでも

僕が不登校になった中学生時代、その時出した結論は”環境があってなかったから”。

私立に通っていたにも関わらず思い切って転校し、家近くの公立中へ。

そこそこ治安の良いとこだったけど、なぜかすぐに通えなくなってしまう。

僕と両親のストレスはマックス全開!

 

田舎の高校に行けば、自然に囲まれて気分が良くなるのでは?

そう考えて受験をしました。

山に囲まれた高校、最初は馴染めたのですが、夏休み前になるともう行けなくなってしまいました。

田舎過ぎた?そういう問題ではない。

 

結局高校も中退、通信学校へ。

週1ペースで通いだして1年。気の合う友人たちができ、通うことが楽しくなった。

それからは卒業するまで比較的毎日通った。

高認試験を通して、大学受験も合格し1人暮らしを始める。

 

大学はとにかくムラが激しかった。

サークルで感じた楽しさとストレスの両極端ぶりといったら大変だった。

心が苦しくて家から出られず、大事な行事に不参加で総スカンを何度も食らった。

それでも最後はみんなで楽しく過ごせたのは、みんなの優しさか僕の人柄か。

 

社会人になっても家から出られない症状は続く。

働きだして2ヶ月目で皆勤はできなかった。

がんばって仕事して、その努力している姿を評価されていたのにだ。

特例で休職期間を設けていただき、半年間療養にあてる。

復帰後は懇意で別部署から引き抜いてもらったのに、3ヶ月で限界が来た。

死ぬほどお世話になった上司に恩返しもできなかった。

 

どれだけ調子が良くても、周りが良い人ばかりでも、僕は家から出られない。

そんな逃げられない壁というものが、僕にはまとわりついているんです。

 

 

逃げてもまた現れる壁さん

要するに、僕はその壁に向き合っていなかったわけです。

何かと理由づけて、ホントは家から出れる人間なんだと思いこんでいた。

自分が家から出られない欠陥を持っているなんて認めたくなかった。

だから出られない原因を外に探していた

 

僕はそれを逃げてもまた立ちはだかってくる壁だと思っていました。

 

 

壁は本当に立ちはだかっていたのか?

引きこもり、無気力を経て、色んな人と交流をもっていこうとしている僕は思います。

「家から出られない」って、本当に壁だったのか?

それは果たして乗り越えなきゃいけないものだったのかなーと考えました。

 

毎日家を出るわけじゃない生活をしていて、目の前に壁を感じることはありません。

そりゃ自立にはほど遠いけど、自分が人生をかけて立ち向かっていかなきゃいけないと思ってた壁が、そこにはないんです。

 

僕はひらめきました。

「別に死ぬような思いをしてまで、壁を作ろうとしなくていいんじゃないか?」

 

 

壁が立ちはだかっていたのは、どうしてもできないことをやろうと足掻いていたからだ

できないことがあると逃げちゃえ~なんて軽率なことを言うつもりはありません。

でもさ、もう10年以上も壁と対峙してどうにもできなかったんだから、さすがに逃げてもいいよね?

ここまでさんっざん努力して、数えきれないくらい人の手を借りたのにどうにもならなかったんだよ?

 

これはもう、壁に立ち向かわない方がいいよって神託なんだと思うことにしました。

ここで過去にADHD的傾向で適応障害と診断されたのが響いてきてる。

どうしても無理なもんは無理!

 

なぜできなかったかを考えるより、自分に合った方法を探す方が建設的。

「不登校になったとき、無理に学校に通わせようとしなかったら違う人生あったかもね」と先日母に言われたけど、ほんとにそうかもしれない。

生きづらさを感じない生き方が僕には必要なのだ。

今から探しても遅くはない。まだ人生詰んでない。

 

 

壁回避方法⇒自分で壁を作らくて良い方へ進む

壁に対抗できる力を持っていなかった僕は、ひたすら壁を作らずに済む方へと進みました。

それは今までの「家から飛び出してまっとうに生きる」から「家から出られなくてもできることをやる」への方向転換です。

はた目から見れば、完全に競争社会からはみ出た負け犬です。

 

でもあれれ~おかしいぞ?

僕の心はこれまで生きてきた中で1番生き生きしている!

壁を作らなくて良い方へ進むやり方が、僕には必要だったということかもしれない。

負け犬だろーが僕はこの生き方が1番楽しくて、がんばれて、生きている幸せを感じられるんだ!

もちろんまだまだそこまで大層なことを言えるまでにはなっていませんが、これまでの生き方より合っているってのは確信しています。

 

 

人生には乗り越える必要のない壁だってある

僕には壁を乗り越える力はなかったかもしれない。

でも、壁を乗り越えないなかでも、自分が生き生きできる方法を見つけました。

これからどんな壁が来ても、ただがむしゃらに乗り越えようとする前に考えてみることにします。

 

「この壁は、乗り越えていくべき壁なのか?」

 

 

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